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第4話 新たな出会い

Author: 葉山心愛
last update Last Updated: 2025-09-20 19:30:30

望と別れてから、もうすぐ一か月。

あれから一度もルーチェには行けていなかった。

──あの日のことを思い出してしまう。

あんなふうに泣いてしまった場所に、平気な顔をして座れるわけがない。

職場から自宅までの帰り道にあって便利だったのに……残念。

そう思いながらも、わたしは新しく行けるお店を探そうとしていた。

気になっていたのは、二年前にオープンしたカフェ。

ケーキが美味しいと評判で、当時は行列が絶えなかったところだ。

食事のメニューも豊富で、ずっと行きたいと思っていたけれど……

あの行列に並ぶ勇気がなくて、結局一度も行けなかったのだ。

でも二年経った今なら、少しは落ち着いているかもしれない。

そう思い切って行ってみることにした。

店内はやっぱり混んでいたけれど、少し待っただけで席に通してもらえた。

「よかった……」と胸をなでおろしながら席につき、お冷やを受け取ってメニューを開く。

ページをめくりながら、どれにしようかと迷っていると――

「あの……大変申し訳ございません!」

突然、店員さんが慌てた様子で駆け寄ってきた。

「こちらのお席、実はご予約のお客様の席でして……間違ってご案内してしまいました」

「えっ……」

わたしは思わず声を漏らす。

「ですが、予約のお客様から相席のご了承をいただいております。もしよろしければ、こちらに座っていただけないでしょうか」

どうやら手違いらしい。

断ろうかとも一瞬思ったけれど、あまりに申し訳なさそうな顔をされると、どうしても首を横には振れなかった。

「……はい、大丈夫です」

そう答えると、店員さんが安堵したように頭を下げ、奥のテーブルを指差した。

その視線の先を追った瞬間――わたしは目を見開いた。

そこにいたのは、見覚えのある男性だった。

視線がぶつかった瞬間、わたしは思わず固まってしまった。

相手の男性も、同じように驚いた顔をしている。

──あのときの人だ。

ルーチェで女性にふられていた、あの男性。

そして、泣きじゃくるわたしにハンカチを差し出してくれた人。

きっと彼も気づいたのだろう。

そんな気がした。

気まずそうに、それでも礼儀正しく男性は目の前に座った。

「相席を許していただいて……ありがとうございます」

「い、いえ! あなたのせいではないですから」

わたしは慌てて手を振るように答えた。

一瞬の沈黙のあと、わたしは意を決してカバンに手を伸ばした。

「それより……先日はありがとうございました」

取り出したのは、きちんと洗ってアイロンをかけておいたハンカチ。

返せる保証なんてなかったけれど、どこかで偶然会ったら……と、念のために持ち歩いていたものだった。

まさか本当にこんな形で再会するなんて。

男性はハンカチを見て、少し驚いたように目を細めた。

「……お持ちだったんですね」

それから、ふっと柔らかく笑みを浮かべて。

「ありがとうございます」

彼の手にハンカチが戻っていくのを見届けながら、わたしは胸の奥がほんのり熱くなるのを感じていた。

――あのときの人と、こんなふうに再会するなんて。

店員さんがやってきて、わたしと彼はそれぞれ注文を済ませた。

メニューを閉じたあと、気まずい沈黙を埋めるように、私は口を開いてしまう。

「……こういうカフェには、よく来られるんですか?」

自分でも、ちょっと場違いな質問だと思った。

落ち着いた雰囲気の彼と、このおしゃれなカフェが結びつかなかったからだ。

彼は少しだけ考えるようにしてから、静かに答えた。

「実は……ここ、別れた彼女と来る予定だったんです」

一瞬、胸の奥がちくりと痛む。

「……ごめんなさい。思い出させてしまって」

けれど彼は、首を横に振って言った。

「あなたが謝ることじゃないですよ」

そして、少し柔らかく微笑む。

「それに……ここは新しい出会い職場が近いから、気になってたんです。できれば行きつけにしたいなと思って」

「新しい……出会い職場?」

わたしは思わず聞き返した。

「はい。実は、四月から桜南高校で働くんです」

「……えっ」

思考が一瞬止まった。

――桜南高校。わたしが六年間勤めている学校だ。

「どうかしました?」

彼が不思議そうに首を傾げる。

そのとき、タイミングよく注文した料理が運ばれてきた。

わたしは深呼吸をひとつしてから、彼を見つめて言った。

「……わたし、桜南高校で働いているんです」

まさか、四月から同じ職場で働くことになるなんて――。

驚きすぎて、わたしは彼としばらく見つめ合ったまま固まってしまった。

先に口を開いたのは彼の方だった。

「……四月から桜南高校でお世話になる予定の、滝川來といいます」

――滝川來。

名前を聞いた瞬間、胸の奥にしっかり刻まれるのを感じた。

わたしも慌てて背筋を伸ばし、微笑みながら言う。

「私は横井奈那子です。桜南高校で養護教諭をしています」

こうして、初めてわたしたちはお互いの名前を知った。

食事が運ばれ、自然と会話が始まった。

滝川さんは数学の教員であること。

知り合いの紹介で桜南高校を紹介され、転勤を決めたこと。

意外にも話題は途切れることなく、わたしも学校の雰囲気や生徒のことを少しずつ話した。

笑ったり、相槌を打ったりするうちに、気まずさよりも心地よさが勝っている自分に気づく。

食事を終える頃、滝川さんがふっと笑って言った。

「これも何かの縁ですし……よかったら、LINEを交換しませんか?」

一瞬、迷いそうになったけれど――わたしは自然に笑顔を返していた。

「はい、ぜひ」

スマホを取り出し、画面にお互いの名前が並んだ瞬間、胸の奥がじんわり温かくなった。

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